依田:理事長が就任されて5年、かないばら苑は今年で開設25周年を迎えました。一緒にこれまでの歩みを語っていきたいです。理事長は苑の立ち上げから、陰になり日向になり、支援くださいました。まずは、立ち上げ当初の思いについて聞かせていただけますか。
山口:もともとこの地には草原が広がっていました。何もないところに突然ピンク色の建物が立って、みなさんが驚かれたというのが最初の印象です。子どもからお年寄りまでが集まれる、地域に発信する場所にしたいと思い、福祉施設と幼稚園が実現するよう努力いたしました。本当は学校も作りたかったんですけどね。もう25年が経つと思うと、長いような短いような・・・いろいろなことがあったとつくづく思います。
依田:本当に、いろいろありましたね。当時の介護は、「安静介護」から「自立支援」へ向かう時代でした。北欧などから入ってきたこの概念に新しい風を感じて、文化が変わるときなんだと思ったのを覚えています。苑では、これまでの「してあげる介護」と、本人の力を支援する「待てる介護」の考え方が、対立しがちでした。これはどこの施設でもそうだったのではないでしょうか。
「してあげる介護」は業務都合を優先しやすく、お年寄りの声に立ち止まりたくても止まれない雰囲気に満ちた、忙しい職場になっていました。いくら「寄り添う介護をしよう」と考え方を鼓舞しても改善できませんでした。
2005年、私が苑長になった年に、当時の介護主任、相談主任、看護主任とともに本格的にグループケア(ユニットケアのソフト)に取り組みました。行動単位を小規模化することで、職員はお年寄りの細かい生活リズムを理解し、現場でケアを変更し、寄り添うケアができるようになりました。
しだいに、“グループケアの中で個別ケアを常に目指していく“という現在のかないばら苑の方向性が生まれてきました。
その後、自然に職員の中から、苑で最期まで病院に送らない看取りをしたいとの希望が大きくなり、2006年から本格的に「看取り」に取り組み、今では、ご希望者全員を看取れる苑となりました。ご逝去後には、ご入居者、ご家族、職員、ボランティアが集い、花を手向け、お別れの言葉を交わします。そして、正面玄関から皆に送られて旅立って行かれます。
この15年間、特別養護老人ホームで取り組んできた「自然な看取り」には立ち会えた者にしか分からない素晴らしさがあることを皆さんにお伝えしたいです。最近では、老人ホーム部門と在宅サービス部門が連携し、在宅での「自然な看取り」に取り組んでいます。
山口:経営者である私の思いとしては、小規模ケアは人件費がかかり過ぎる点がネックでした。個別ケアに近づくほど、福祉を知らない私でもお年寄りの方にとって良いケアであると理解できました。ですので、経営効率を追求しつつも、手を抜かずにより質の高い介護を目指して施設を運営するのは、本当に大変なことでした。
依田:良いケアをしたいという職員の熱意が支えてくれた面が大きいですね。それでも、職員がものすごく笑顔になり定着率が上がったのは、お年寄りと一緒に暮らしの楽しい部分も行える体制の時でした。結局、福祉は人との出会いを楽しむ仕事なんです。そして、人をお助けできたことを喜ぶ仕事なんです。私は30才で福祉の勉強を始め「目の前に困っている人がいたら、計算する前に手が出ること、それが福祉だよ」と教わりました。その言葉は今の時代に大事な言葉だと思っています。もう、この話になると胸が熱くなります。
山口:これが福祉にのめりこむ考え方ですよね(笑)。自分の利益を度外視して福祉の事に没頭できる。自分の身の安全よりも、困っている人がいたら、まず手を出し、声を掛け、側に寄り添う。こんな人ってなかなかいないんじゃないかと思いました。
依田:そんなにできていませんが、ありがとうございます。最近は「介護サービス」がビジネス用語にもなり「福祉」がおざなりになっていないか、常に自分の胸の内に問いかけています。
山口:そうですね。介護保険制度の水準で、良い介護を提供するには、相当の工夫と努力が必要です。そして、苑長が福祉の方に進んでいくのを、私は健全な経営の目でブレーキをかける。お互いが遠慮なく意見を言い、バランスを取り合えたことが良かったと思います。
依田:試行錯誤の連続でしたね。理事長と福祉現場が二人三脚でこれたこと、介護や地域ニーズに敏感でありたいとトップダウンよりボトムアップする施設運営を好んだこと、歩みを止めず課題を解決することを厭わなかったことは、ささやかではありますが私たちの誇りです。
いつの時も、お叱りも含め応援して下さった全ての方々への感謝は言葉に尽くせません。麻生区で仕事ができる幸せを感じています。
最後になりますが、今のかないばら苑についてお話しください。
山口:まるで施設ではないみたいです。家庭のにおいがして、家庭の色があるんです。お食事している後ろをボランティアさんが通ったり、壁に余分なものが貼ってあったり、「あとで片付ければいいや」と思う荷物の置き方をしていたりとかね(笑)。
悪く言えば片付けの問題ということかもしれないけど、これは“家庭の味“なんじゃないかと思うんです。ホテルみたいだと、仮住まいのようで落ち着かないんじゃないかなって。そんな雰囲気を、職員やボランティアさんが関わりの中で育んでくださったのだと思います。
依田:25年も経つと、かないばら苑にも「らしさ」というものが定着してきました。「かないばららしさ」とは「本気でその人に寄り添う」ことと、「地域とともに福祉を考え、困っている人を見逃さない」ことに尽きると思います。さらに、5年前の理事長交代の年には、吉野事務長、森元副苑長という素敵なパートナーが増え、音楽や福祉機器、地域共生など、新たな取り組みを始めています。現在、新型コロナ対応により、多くのことが変わらざるを得ない状況となりました。
“かないばらOnLine2020”のWebサイトには「変わるかないばら。変わらぬかないばら。」の文字が踊ります。かないばら苑は、チャレンジを厭わず、歩みを止めずに進んでまいります。
山口:これまでかないばら苑に関わってくださった皆様に心から感謝を申し上げます。これからも、より地域の役に立つ法人であるよう努力してまいります。